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文法の必要性と限界執筆A.Y.》

幼児のときから英語の中で育って、それを母国語として身につけることと、中学生の年齢まで育ってから学校で外国語として英語を学習することは根本的に違います。

英語に触れている時間の違いの問題があります。

学生や社会人の方が英語の学習に費やすことができる時間は限られています。

アメリカ人が母国語として英語を身につけるのに必要なだけの時間と労力を、私たち日本人が英語だけに使うことができないことは言うまでもありません。

日本語の干渉の問題もあります。

さらに、母国語の習得を可能にしているのは、無限に近い反復練習に耐えられる力と記憶力です。

無限に近い反復練習に耐えられる力というのは、言い換えれば幼いということですから、私たちにはもうその力は失われています。

記憶力についても、すでにそのピークを越えて落ちる一方です。

しかし、その代わりに年とともに育ってくるもの、伸びてくるものは何かというと、それは考える力、理解力です。

したがって、私たちにとっての英語学習では理解すること、つまり、さまざまな言語事象の中から規則性をつかみ出し、次に規則を通して言語事象をとらえていく作業がどうしても必要です。

そして、ことばについて考えるには、「ことばのためのことば」がなくてはなりません。

アメリカ人にとって英語は習うものというよりも生活の手段として使うものですから「ことばのためのことば」がなくてもよいのですが、母国語としてではなく外国語として英語を私たちの年齢で学習するとき、ことばを理解して学ぼうとするときには、「ことばのことば」すなわち文法は避けては通れません。

ご存知のように、サッカーにせよ、水泳にせよ、スポーツのトレーニングの現場でも、ことばによる解説がなされ、知識の伝達が行われています。

どんなことを習うにしても、それをやるために初めて覚えなければならないことばというものがあります。

理解のためには特別なことばが必要なのは英語に限ったことではありません。

私たちが英語を学習するときには、ことばについて考えること、理解することを軽視することはできません。

文法不要論にとらわれて、たくさん読んだり聞いたりしているうちに自然に体得することに過剰な期待をかけるよりも、学習方法として「ことばのためのことば」である文法を活用するほうがより効率的です。

ただ、それは従来の文法のやり方でいいということではありません。

当たり前のことですが、文法が初めにあって、それにしたがって英語ができたわけではありません。

文法というのは、こういう考え方をしていくと、英語の中の大部分の事象が説明できる、という意味での便利な約束事、決まりごとのようなものです。

だから、文法で説明できないところも当然出てきます。

そして文法で説明できないときには、文法を離れて英語そのものがわかることを目指せばいいのです。

説明のための便利な約束事に過ぎないものを絶対視しようとするから、分類のための分類、説明のための説明としか言いようのない不毛な議論に落ち込むことになるのです。

文法が便利な決まりごとに過ぎないことを英語の学習者は決して忘れてはいけません。

また、文法が相対的な決まりごとだとしたら、日本人が英語を使うときにつまずく点を、日英両語の違いから分析して、それを体系的にまとめた「日本人のための英文法」というものが、必要なのではないでしょうか。


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