PCと英語表現(1)編集A.Y.》

ここでのPCとはpersonal computerのことではなく、political correctnessという概念を指します。

この語句は、politically correctという形容詞の形で用いられることも多いのですが、これまでの日本での例を見てみると、「政治的に正しい/妥当な/公正な」などとさまざまに訳されていて決まった訳はないようです。

このPCという概念は一言で言うと、白人や男性といった存在が優位を占めてきた従来の社会のあり方を見直し、少数民族や女性などをはじめとする、抑圧されてきた人々の権利や文化を尊重しようとする考え方です。

典型的な例をひとつ挙げると、「waiterやwaitressという言い方は、職業に関する性差別を肯定するような偏見に基づく表現であり、politically correctではない。waitronと呼ぶべきである」などのように使われます。

もちろん、マイノリティーの抑圧に対する見直しの動きは、決して昨日今日に始まったものではありません。

しかしながら、PCということばをよく聞くようになったのは、1990年代に入ってからです。

例えば、米国の大学教育のカリキュラムに、白人の男性を中心とする伝統的な西欧社会の価値観だけではなく少数民族や女性の価値観をも反映させるべきであるという要求などに関して、この概念が頻繁に用いられるようになりました。

ただし、PCということば自体は、少数民族や女性の文化や人権のために闘う人々自身の口から発せられるよりはむしろ、そのような運動あるいはその行き過ぎに対して懐疑的もしくは批判的な立場をとる人々によって使われる傾向が強いということにも注意しておいてください。

PCの概念は、現状では、特に差別語の排除という意味合いにおいて語られることが多いようです。

もちろん、被抑圧者の文化や人権の保護という問題は、単に差別的な言語表現を使わないようにするというだけで済まされるものではありません。

例えば、American Indiansという呼び方をnative Americansと変えただけでアメリカ先住民の人権問題が解決するわけではありません。

しかしながら、差別的なことば遣いをしないということは、やはり、差別の解消に向けてのプロセスのひとつとして重要な意味を持ちうるのではないでしょうか。


「PCと英語表現(2)」へ続く

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